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東北地方太平洋沖地震 結核性胸膜炎 入院        

2011/3/11

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 2011(平成23)3111446分に太平洋三陸沖でマグニチュード 9.0の東北地方太平洋沖地震が起こった。震源域は岩手県沖から茨城県沖までの500キロ、東西200キロと広範囲に及び、東北地方、関東地方に大津波も発生し大規模災害になり、東日本大震災とも呼ばれた。

震災時は千葉県○橋市の職場の2階で働いていたら鉄筋コンクリートの建物が物凄く揺れ、停電もおこり真っ暗になった。最大震度は宮城県栗原市の震度7で○橋市沿岸部の震度は5強だった。トイレに行くと水がでず断水も起こり外に避難した。玄関は開けっ放しにしていたが、歪んでしまい閉まらなくなっていた。外に出ると地震は数分おきに何度も大きく揺れ、栃木県の栃木防災館で体験したのと同じ感じで、手や足でバランスを取らないと立っていられなかった。沿岸部の埋め立て地の為か、地割れや地盤沈下が建物の周りでリアルタイムに起こっていた。地震の度にひび割れした地面が生き物のように左右に大きく動き怖かった。液状化現象も起こり地盤沈下した個所やひび割れした所から砂の混じった水が続々と出てきた。道路を見てみると水道管が破裂したのか水が噴水の様に水が上がっていた。液状化現象もすごく歩道や道路は泥水でいっぱいになってきた。

  

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携帯電話も中々繋がらなくなっていた。近くの公園に車を路駐していたので向かうと遊歩道が所々20僉腺械悪冦患していて液状化現象も起こり歩けそうな場所をジャンプしながら進んだ。車は液状化現象で埋まる寸前だった。海が近く2mの津波も来ていた様で危なかった。車は砂で真っ白になり電車も運休の為か帰りは物凄い渋滞だった。家に帰ると棟瓦がほとんど崩れてしまい、屋根に上り落ちないように一箇所にまとめた。部屋の中は棚が倒れめちゃめちゃだった。もしもの時の為に備えて火災保険や地震保険に入っていた方が安心だ・・・。知人は屋根が少し壊れただけで800万円も地震保険が降りて儲かったらしい。

次の日職場に向かうと液状化で出てきた泥水は硬化しカッチカチになっていた。電気や水も使えず、破裂した水道管から吹き上げる水を汲みトイレ用にしていた。東京電力の人達がたくさん来て付近の電柱を工事していて震災後1日で電気は復旧したので驚いた。水道も2日で復旧した。

震災の影響で食料や消耗品の買いだめ騒動が起き、震災の次の日の仕事帰りにガソリンスタンドに行ったらどこも売切れになっていた。電池やトイレットペーパーや納豆、カップラーメン等スーパーで品薄状態が一ヶ月程続いた。この影響で冷凍食品の発注量が増え仕事が毎日残業で忙しく大変だった。

ガソリンは休日にスタンドの開店前に並び1時間程待ち、20リットルだけ購入する事ができた。

原発の影響で電力が不足し3月14日から計画停電が行われ混乱した。道路の信号は消え、夜は真っ暗になり身動きができず大変だった。

 

結核性胸膜炎 入院

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3月20〜28日、仕事帰りに自宅の建替えで仮住まいに引っ越しの為荷物をコツコツ運んだ。

3月26日17:00、20日前から胸痛と10日前から熱が38℃程でてからずっと下がらなかったので仕事の後、町の診療所に行った。インフルエンザも流行っていた様で血液検査、尿検査、レントゲンを撮った。診察を受けると、正常なら左右対称になるのに、レントゲンに白い影があり、肺に水が溜まる胸膜炎と診断された。重病の様で大学病院の紹介状をもらいすぐさま大学病院に向かった。

 

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 土曜日の18時だったので救急扱いになり、専門の先生はいなかったので血液、レントゲン検査を受け、点滴を受け専門の先生のいる28日の月曜日にまた来る様に言われ家に帰る。薬はクラビットとロキソニンをもらった。ロキソニンは解熱剤で熱が38度もあったのに飲むと36度台まで下がり良く効いた。28日は車の車検だったので親に頼んだ。

28日呼吸器内科で診察を受けると、CT画像に結核の様な病巣があるといわれ、再度血液と痰の検査をし一週間後の4月4日に再診したら痰の検査でレベル2の結核菌が見つかり、肺に水が溜まったのは結核が原因らしく、結核性胸膜炎と診断され明日から入院と言われ驚いた・・・。痰の検査はレベル1〜10で分けられレベル2と低かったので即入院ではなく明日で大丈夫だった。そういえば3月にタレントのJOYも結核で入院していた。

話は3年前にさかのぼり、会社の同僚が結核を発症し、保健所の要請で会社全体で検査を受け、自分を含め3人が結核に集団感染していた。

発症した同僚は咳が止まらないと良く言っていて、咳や体調不良の症状が出てから4ヶ月後に病院に言ったら結核と診断され即入院になった。発症前は体重が70キロ位だったのに入院前には45前未噺世辰討い拭4ヶ月という長い間、狭い同じ部屋にいたり、車で送ったりしていたので結核の感染の確率が高まった様だ。

結核発症者がでると保健所に連絡が行き、保健所の人が発症者と長時間接触した人や家族、会社を調査し感染の疑いがある人全員が結核の検査を受けないといけない。

感染しても潜伏期間があるので、2ヶ月後に保健所でレントゲンと血液検査を受け後日また結果を聞きに保健所に向かった。診察に向かうと血液検査で結核に感染している事が分かり、結核の専門病院を紹介され紹介状とレントゲン写真を手に病院に向かった。診察を受けると結核は感染しても8割の人がが死亡するまで発症しないが、2割の確率で発症する。感染してから2〜3年が一番発症しやすいらしく、発症を予防する為にイスコチンと言う薬を毎日6ヶ月間飲まないといけないらしい。病院から結核感染者は国から補助金が出るらしいのですぐ保健所に向い1時間ほど結核についての長い話を聞いた。国の補助金により次の診察からは自己負担が5%になる。薬には副作用があるので最初は月に何回か受診したが後半は一ヶ月おきの受診だったがしんどかった。毎回レントゲンと血液検査で血液検査は補助金が出ないと言われお金が結構かかったり、仕事を休まないと行けなく6ヶ月が長かった。

話は戻り、3年前に結核に感染していて予防の為に、イスコチンと言う薬を6ヶ月間飲んでいたから結核を発症する事はない思っていたが、調べてみると予防の薬を飲んでも3割位は発症するらしく、結核に感染して発症する人の確率は予防の薬を飲んでいなくても2割程と低くいのに、予防の薬を飲んで発症確率が下がったのに、発症してしまったようだ・・・。結核菌は高齢者、寝不足、暴飲暴食、ストレス、肉体疲労等で体の免疫力が落ちた時に発症するらしい。2月の下旬に路駐していた車に釘を刺されてパンクされたり、駐車場料金の振込でオーナーのミスで滞納トラブルでもめ追い出され、震災で屋根が壊れたり、仕事が忙しくなり、引越等でストレスや疲れが溜まっていたのかもしれない。

家に帰り入院の準備をした。仮住まいに一週間しか住んでいないのに入院だ・・・。胸痛と熱があったが咳はほとんど出ていなかったが引っ越しはしんどかった。車検の手続きやプロバイダの契約も途中だ・・・。一日かけて料金やサービスを比較し、無料期間がたくさんあるのに一番安かった、GMOとくとくBBと契約中で、本人確認も携帯電話で免許書の写真を撮りメールで送るだけと簡単だった。実際契約してみて、ちょっとした事でも問い合わせても丁寧に対応してくれたり、サービスがよく、安いだけではなくしっかりしていて、大手はただ高いだけだたっと思う。 

必需品は病院内ではパジャマよりジャージ、スウェットスーツが主流らしい。スリッパ、下着、ひげそり、シャンプー、石鹸、タオル、歯ブラシ、筆記用具、現金、マスク(医師と会う時は付けないといけない)イアホン、携帯充電器。携帯電話やパソコンの持ち込みは大丈夫だった。

テレビのニュースでは柏市や金町の浄水場で放射能の基準値を超えた値が検出され、ミネラルウォーターが品薄になった。

4月5日、病院まで5キロ程あったが最後の運動の為歩いて向かった。桜が満開で途中の高校では入学式が行われる様で新一年生が親と一緒にたくさん歩いていた。汗だくになりながら一時間ほど歩き10時入院した。まずは身長体重を量り、熱も測った。体重は55キロと熱が2週間以上続いていたので7キロも下がっていた。担当の看護師さんから入院生活の説明を受けた。隔離病棟で医師の了解がなければ外に出れない。入院する理由は人にうつす可能性があるからで、うつす心配がなくなれば外出や退院できるらしい。治療法は投薬治療で、する事は規則正しい生活とバランスのとれた食事を食べるのみだった。薬は飲み始めてから2週間後から効いてくるようで、3週目から毎週痰の検査があり、3週連続で菌が検出されなければ退院できる。2週間後からは病院内なら散歩が出来るようになり、2回菌がでなかったら外出できる様だった。しかし痰を自分で出すのは難しく、無理にだそうとするので吐きそうになり大変だった毎週の朝食前の7時30分迄に出さないと行けないので恐怖だった。出ない人は吸引器もあるが看護師さんに肺に管を入れられ、ゲホゲホ言いながら看護師さんの顔に向かって咳をしないと行けなくこっちは、プレッシャーもあり苦しかったので吸引器に頼らずなんとか出した。

 

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病院の一日は6:30、14:00、19:00に体温の検査があり、食事は7:30、12:00、18:00で、13:00は薬の時間で看護師さんの監視の中薬を飲む。薬は5種類で、イスコチン3錠、リファジンカプセル3錠、エサンプトール3錠、ピラジナミド一袋とビタミン剤の3錠とたくさんある。副作用がたくさんあり、特に肝臓がわるくなるらしい。他に視力、聴力、皮膚、発熱、頭痛、咳、嘔吐等人によって出たりするらしい。おしっこがオレンジ色になり気持ち悪い。食事は美味しくはないが不味くもない食事が毎日続く。ご飯はいつも柔らかめでご飯が嫌いになった。週一で体重測定、血圧、血液検査、担当医の回診があった。月一でCT検査、視力聴力検査、レントゲン検査がある。タバコは吸ってはいけないらしいが、隠れて吸われて火事を起こされては困るという事で、屋上の階段の踊り場が喫煙所になっていた。飲食は酒以外ならなんでも食べていい。平日のお昼に移動販売が来るのでそこでお菓子等買えるし、こっそり外出して外で買ってくる人もいた。隔離病棟と言っても玄関に見張りはいないので出ようと思えば出られ規則は緩い感じだったが、見つかると担当の看護師さんは始末書を書かされ、大変らしい。酒を飲むと薬が効きすぎて副作用が強く出る恐れがあるので飲んではいけない。看護師さんの巡回、検温、掃除のおばちゃん、薬の時間等、何度も来るのでプライバシーはほとんどなく、夜は大音量のイビキが永遠に響き中々眠れず、お年寄りが多い事もあり朝は5時位から、ひげ剃りの音や洗面の音などで起こされ生活に慣れるまでストレスがかなり溜まる。する事はなくテレビを見たり、寝たり、読書するしかなかった。

保健所の人が来て結核患者は感染者を広めない為に国から補助金がでるらしく入院中は食事や薬も全額補助金がでて、洗濯や着替え等の介護を受けなければ、入院費がかからない。お金を使うのは平日の昼に来る移動販売、自動販売機、洗濯機、消耗品の洗面用具くらいだ。ただ手続きがあり高所得者は数万円はらわないと行けないので審査があり、2年前の家族全員の源泉徴収票と住民票を保健所に提出しないと行けない。自分は入院で行けないので家族に頼むしかない。よっぽどのお金持ちでない限り全額補助金は出る様だ。

血液検査は異常がなかったが、薬の副作用で、皮がむけたり、フケがたくさん出たり、微熱、咳、体のだるさが出てしんどい。副作用が出るという事は薬が良く効いている事でもあるらしいと看護師さんが言っていた。入院2週間後に痰の検査があり、毎週金曜日の回診で結果を恐る恐る聞く。

薬がよく聞いた様で3回連続で菌が出なく最短の5月11日に退院が決まった。3回目の回診ではいつも2時頃だったが担当医が急患で遅くなるらしく、ずっとドキドキしていたら、それをしらない看護師さんが日曜日に替えるシーツを持ってきて「○○さん退院だからシーツは替えませんね〜」と担当医から効く前に聞いてしまった。本来は看護師さんは検査の結果をみる事は出来ても患者さんに言ってはいけない規則になっていると言っていた。「慌てた看護師さんは、とぼけた感じで戻ってくると何事もなかった様にシーツを置いていった。退院を聞いた時はやっと拘束された生活から解放されるので物凄く嬉しかったが、すぐ現実に戻り仕事の事やいろいろ考え不安になってきた。食事も病院の美味しくはないがバランスのとれた食事が食べられなくなる。他の患者さんでは会社をクビになった人がたくさんいた。3ヵ月程入院している患者さんは食事にふりかけを掛けたり工夫すれば入院生活も悪くないと言っている人もいた。

退院後は2週間後の通院であとは一ヶ月毎になった。痰の検査、レントゲン、血液検査を受ける。保健所にも毎月いかないといけない。飲んだ薬の袋を全部とっておき保健所の人に見せる。健康状態や私生活の事を20〜30分程聞かれてしんどい。退院後も国の補助金が出るらしく、自己負担は5%で毎月2,000円位の出費だった。薬の副作用は続き薬を飲むと頭痛や微熱や倦怠感がありしんどい。の胸水は自然に減る様だったが6月22日にレントゲンを撮ったら減ってはいるがまだ残っていた。胸水は減ってくると肺に癒着して胸が痛むと医師が言っていたが、最近ズキズキや違和感があり痛む。薬は6ヶ月間飲まないといけないので10月初旬まで投薬治療が続く・・・。 (2011/7/22)

 

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